「潜龍講」第四回(8/20)のお知らせ

潜龍講 ~Creating・Love & Synergy~

潜龍講は現代の「秘蔵宝鑰」です

前回の胎蔵(曼荼羅)に続き、今回は金剛界(曼荼羅)がテーマです。金剛界のコンテンツは多様ですがポイントは理趣会(下図参照)です。今回はこの理趣会を中心に、金剛界の構造把握を、いつものように初学者が理解ができるようにお話します。
理趣会はあの理趣経の舞台、理趣会が見えると理趣経が見えます。ここは現世の頂点でもあり、現世での成功とは何か、それを雄弁に物語る部分でもあります。
投資や経営コンサルでは、私は理趣会を目標にします。密教修行のゴールは成身会ですが、ビジネスや家庭の成功を目指す場合、私は理趣会を目標にしております。
弘法大師は、日本で大日経と出会い、唐の国でこの理趣会(理趣経)を知り真言密教の構想を得た、私はそう感じます。理趣会は密教の中核の一つなのです。
前回同様潜龍講の内容は、ファシリテーター個人の考えです。崇敬する戸隠神社および高野山真言宗、その他あらゆる団体の教えとは関係がありません。

【日時】 8月20日(火) 18:30~20:30 終了後懇親会あり

【場所】 中野サンプラザ 7階研修室9(東京都中野区中野4-1-1)

【主催】 四次元アイ https://4jigen-i.com/

【会費】 5,000円(懇親会は別途)

【ファシリテーター】 沼田 榮昭(ぬまた えいしょう)
楽天、サイバーエージェントをはじめ60社以上の株式公開を成功に導いた「名うての公開請負人(日経新聞)」。「流れを変える人になる、流れを変える人を応援する」をモットーに、現在も資本市場、中国を軸に投資活動を展開中。成功者の、成功の瞬間・成功の現場に数多く立ち会う。2007年に得度(高野山真言宗)。

【補足1 曼荼羅の全体構造】
前回「胎蔵(曼荼羅)は無条件の愛」、「金剛界(曼荼羅)は一途な愛」と言いました。「無条件の愛」に言葉はいりません。ただ「一途な愛」はある程度、言葉での説明が可能です。言葉(真言)の観点では金剛界は胎蔵の入り口です。
特に構造を知らなくても密教は効果が出ます。また行が進むと、自ずと構造も見えます。ただ現代は情報化社会、おそらくは鎌倉時代の1万倍以上の情報が溢れます。ですから構造が見えないと行者が迷う恐れも大きい、私はそう思うのです。

まずはこの表をご覧下さい。

来世を見る 現世を見る
来世から 金剛界(真言)
現世から 胎蔵(真言) 現世(普通の言語)

来世はすべてが統合された世界です。主体と客体は分離しませんので、来世から来世を見ることは出来ません。客体がないので言語も存在しません。一方で現世から現世を見るのは通常の認識行為、普通言語が使われ、密教の分析対象ではありません。
宇宙には3つの認識のパラダイムがあり、一つは五感での認識に基づく現世パラダイムです。他の2つが胎蔵と金剛界、人間が直接認識するのが難しい密教のパラダイムです。
すべての思想・宗教・哲学は、3つのパラダイムのどこかに属します。また3つは微妙に重なり合い、完全には分離できません。曼荼羅は、何か特定の教義を語るのではなく、宇宙全体をありのままに表現しているのです。

胎蔵曼荼羅の大元の大日経は、それ自体が完結しており、必ずしも「現世から来世を見る」だけに留まりません。これは金剛界も同様、歴史的には金剛頂経に基づく曼荼羅ですが、現世・金剛界・胎蔵、そして金胎不二の思想が織り込まれております。歴史的・文献学的には、私の議論にはやや飛躍があります。
私はこれを「瞑想的転換」と考えております。行者は、教えの枠組みの中で瞑想を深めます。ただ、そこでの気付きは大抵、教えの枠には納まりません。さらにこの新たな気付きは、従来の教えの延長線上で表現されます。そのため意図的な概念の拡張もしくは誤読が、言語の限界を越える瞑想宗教では宿命的に起こります。行者がそれを表現するかしないか、あるいはどこまで表現するのか、といった問題です。
潜龍講は真言密教の枠組みで話が進みますが、真言密教そのものではありません。目標は現世での成功で、「悟り」ではありません。真言密教の用語を用いますが、伝統的な教義と整合性はありません。ただ私にとってはこれが、法身大日如来の説法であり、お大師様からお師僧を通じて私に伝えられた密教と考えるのです。

【補足2 3つのパラダイム】
次に3つの認識パラダイムである、現世、金剛界、胎蔵を説明します。
3つのパラダイムは、同じ問題に異なる結論を導きますが、パラダイム間に優劣はありません。相違の本質は対立ではなくシナジー、これが密教です。
弘法大師は綜芸種智院という教育機関を設立しましたが、「綜芸種智」とは大日経の教えです。あらゆる学問・技術は、ことごとく種智の現れと説きます。そして種智は法身大日如来から生まれます。大元はすべて法身大日如来です。

現世、金剛界、胎蔵のパラダイムをまとめてみます。

現世 金剛界(陽) 胎蔵(陰)
自我(エゴ) そのまま 拡大(大欲) 消滅(空)
パラダイム 自分WIN WIN-WIN 相手WIN
来世 無記 輪廻転生 阿字

現実の思想・宗教が一つのパラダイムのみで形成されるケースはあまりありません。また人間は、3つのパラダイムを使い分けて生きます。3つのパラダイムの割合・比率を変幻自在に変えながら、人も思想も社会も、森羅万象はことごとく生成・発展・消滅を繰り返すのです。

まず、現世のパラダイムは「この世での生存期間の最長化」が中核概念です。そのため反射的に目先の利害にこだわり、目先のエゴの拡大を追求します。「金だけ今だけ自分だけ」との批判もありますが、現世を生き抜くには不可欠のパラダイムです。
金剛界パラダイムは「この世での生存期間の最高品質化」が中核概念です。人間の創造力を限界まで駆使し、時に目先の利益を犠牲にしてでも将来の利益、人生全体の効用の最大化を目指します。目先の競争を越えて相手を尊重し、自己トレーニングに励みます。時間を要しエネルギーは弱いですが、現世での成功に直結するパラダイムです。
胎蔵パラダイムは「あの世の完全性の、この世での受け入れ」が中核概念です。少しでも波動を高くし穢れを払います。そのために修行を行い、人間本来の能力に加え、神仏の力を活用します。神仏の世界には、主体と客体の区別が無く、強力なエネルギーが現世では渦を巻きます。瞑想やストレス解消には有益ですが、方向感が定まりません。

「両部曼荼羅」「金胎不二」は真言密教特有の発想です。ただ発案者は、今も分かりません。中国の不空や恵果、弘法大師その人、あるいは弟子筋の覚鑁上人等とする説もあります。弟子の資質に応じて面授で伝えたため文章が残らないのです。
修行テクニックは、天台密教や鎌倉以降の仏教諸宗派に、あるいは修験の各派に、ある意味で乗り越えられております。また科学の発展は、修行方法や表現手法の科学化を突き付けます。たた根底を流れる認識論は手付かずのまま、今日に残されているのです。

【補足3 「講」としての活動】
前回「講としての活動をお考えですか?」というご質問を頂きました。私は「将来は講の活動を考えており、今年は予行演習と市場調査を行っております」と回答しました。
私は講を「信頼関係に基づく共同体」と捉えております。ビジネスにせよ家庭にせよ、成功の鍵は運でも実力でもなく、ましてや金銭でもなく、実は信頼関係なのです。個性を信頼関係でつなぐのが講です。講とはつまり、現世に描かれる曼荼羅なのです。

中華圏には「幇(ぱん)」と呼ばれる結社の影響が今も残ります。たとえば中国ビジネスを展開する場合、日本企業は単独で挑戦し、台湾企業はチームを組みます。台湾企業の成功確率が圧倒的に高いことは言うまでもありません。
客家(はっか)は「良き人には良き人が集まる」と言います。地位や金銭、能力の有無より人間性と、それに伴う信頼関係が重視されます。客家のビジネス手法はまさしく、現世における金剛界曼荼羅の創造です。
私は「日本は胎蔵国家」と指摘しましたが「中国は金剛界国家」です。中国で胎蔵密教は滅び、後世、金剛界密教であるチベット密教が流行します。一方、高野山の壇上伽藍では、中央に法界定印を結ぶ胎蔵大日如来が鎮座、それを金剛界の諸仏が囲む、胎蔵国家ならではの神秘的な立体曼荼羅が描かれます。


最後に、第一回の潜龍講で触れましたが、潜龍とは理趣会の金剛薩埵です。したがって潜龍講とは金剛薩埵中心の曼荼羅、要するに理趣会曼荼羅です。この理趣会を現実創造するには、まず本尊である「あなた」が金剛薩埵になれば良いのです。
初期の弘法大師は「内外兼学」と言われ、内(密教)と外(顕教)を同時に学びました。現在もチベット密教は内外兼学です。顕教で金剛薩埵を目指し、その上で密教の新幹線に乗ります。理趣会では、現世での成功と同時に即身成仏への道が開けます。
歴史の巡り合わせで、当時の密教の中心・京都の東寺は真言密教専門道場となり、他宗派の僧侶の修行が禁じられます。そうした背景から顕教部分や教学より、サーカスのような修行や祈祷、超常現象の部分がむしろ、修行僧や衆生の関心を集めたのでしょう。